わんわん電鉄

好きな音楽は、鉄道の路線網のように広がっていくものだと思う

【考察・解釈】スピッツ『ラジオデイズ』

この曲は、アルバム『見っけ』に収録されています。

ラジオデイズ

ラジオデイズ

 

 

この曲は、初めて聴いたときから、マサムネさんのラジオに対する愛情がすごく伝わってくる曲だなと感じていました。

ずっと昔から ラジオと親しんでいるマサムネさんだからこそ書ける曲だと思いま す。

 

 

ちなみに、私自身も、中学生の頃には毎週とあるラジオ番組を聴くのが大好きだったことがあります。 その番組に沢山投稿していましたし、何度か投稿した手紙を読んで もらえたこともありました。

私としては、そのラジオ番組に対して 非常にのめり込んでいたので、親近感、劣等感、わくわく感など、 さまざまな感情を抱いていました。


この『ラジオデイズ』には、私も経験したことのあるような感情が 描かれているような気がするので、 マサムネさんに親近感を感じるとともに、深く共感しています。

 

 

 

前置きが長くなりましたが、私が意味を取ることができそうな歌詞を、いくつか取りあげてみたいと思います。

 


・・・・・・

 

 

選ばれたのは 僕じゃなくどこかの貴族
嫌いになるために 汚した大切な記憶

この部分が、この曲の中で私が一番共感した部分です。
前半部分では、おそらく、主人公にはこれまで一生懸命打ち込んで きた大好きなことがあって、それに関すること( コンクールや選抜?)で、自分が選ばれなかったために、 選ばれた人に対して、妬ましさやうらやましさの気持ちをこめて、 『彼らはまるで「貴族」だ。自分とは違って、特別な人なんだ。』 という感情を抱いている、ということを表していると思っています 。

 

「貴族」という言葉から、主人公が自分に対して劣等感を強く抱いているように感じました。

 

そして、主人公は、自分が選ばれなかったのを理由にして、拗ねてしまうわけですね。それゆえ、自分が今まで大好きで、うちこんで きたものを嫌いになろうとするのだと思います。それにまつわる、 これまでの楽しかったこと、嬉しかったことなどの記憶を全否定す ることで、そのことを「嫌いになるため」 の理由付けとしているのだと思います。

 

 

 

マサムネさんには大変申し訳ないのですが、私は、この部分にめち ゃくちゃ共感してしまうのです。

私事ですが、私は子供っぽいようで、自分が選ばれなかったりすると、すぐに拗ねて、選ばれるために取り組んできたことを嫌いになろうと努力するんですよね・・・ 苦笑。

とりわけ、大好きなアーティストのラジオ番組に何度も投稿しても、おたよりが読まれないので、拗ねてしまい、ついにはその アーティストのことを嫌いになろうとしていました。( スピッツではないですよ!)

 

 


だからこそ『うわ~わかる!』という感じなんですよね。そして、 嫌いになったはいいものの、今度は逆に喪失感に襲われるという悪 循環に陥ります。やっぱり子供っぽいのは良くないですね。

 

中学生のとき、そういう劣等感を感じやすく、 自分に疲れてしまったので、それ以降は、変に拗ねない! 自分が選ばれなくても仕方ない!と感じるようにする、 と心に決めました。
ついつい余談が長くなってしまいました、ごめんなさい。

 

 

 

 

足が重くて 心も縮むような

 

そんな日々を拓く術を 授けてくれたのはラジオ
したたかに胸熱く 空気揺らしてくれるラジオ

「大切な記憶」を「汚し」てしまうということは、具体的には、これまで大好きだったものを嫌いになるということで、大きく言って しまえば、生きがいを失う、ということも含まれると思います。

そうなると、これまでの日々とは一変して、喪失感が強く、どんよりと思い気持ちにしかならない日々が続きますよね。そういうこと を、「足が重~ような」の部分では歌っていると考えています。

 

 

「心も縮むような」という表現がまた秀逸ですよね。自分がどんど ん小さく、萎縮していくような感じがするということでしょうか。

 


しかしサビでは、そのような日々も、ラジオを聴くことによって「拓く」ことができたといっています。ラジオが主人公に、“前に進 む力”のようなものをくれたということなのでしょうか。


「したたか」とは、「強くて、容易には屈しないさま」(明鏡国語辞典)という意味でありますが、つまり、いろいろな音楽や情報が 、ラジオから力強く、そしてリスナーの胸を躍らせるような熱量を もって流れてくる、ということなんでしょうね。

「空気揺ら」すということは、ラジオから流れ出てくる音が、その周辺の空気を 揺らすほどに力強い、と言うことだと思います。

 

 

 

 

 

笑顔を放棄して そのくせ飢えていたテンダネス
美しい奴らを 小バカにしてたのに変だね

ここの解釈が一番難しいですよね。
個人的な感覚としては、ここでは、主人公は色々と卑屈になってい て、世の中の成功しているキラキラしている人たち(「 美しい奴ら」?)に対して『ふん!』と少し「小バカにして」いた ということを表現しているような感じがします。

 

「美しい奴ら」 というのも、“努力は美しい”、“成功経験は美しい”というときに 使われる“美しい”のニュアンスであると思います。

 

 

そして想像の範囲ですが、主人公は、みんなで協力して夢を叶えた人々が世間に注目されているのを好意的に思わず、 自分は邪道であっても違うやり方でやってやる!と孤独に生きてい たのだと思います。それにも関わらず、やっぱり「テンダネス」( =tenderness、優しさ、愛情)に飢えている、つまり孤独に夢を叶えるのも辛くなってきた、ということを表しているよう な気がします。あくまでも憶測です!

 

 

 

 

 

手探りばっかで 傷だらけになったけど

 

どんな夢も近づけるように 道照らしてくれたよラジオ
危なそうなワクワクも 放り投げてくれるラジオ

Bメロでは、色々試行錯誤した結果、精神的にも肉体的にも傷つく ことがたくさんあった、ということが歌われているのだと思います 。

 

 

ここでの「手探り」に対応するように、「道照らしてくれた」とい う言葉が出てきますね。ここから、主人公の夢を叶えるまでの道のりは、獣道であったということが分かりますね。

 

夢に向かって努力 しているけれど、色々迷ってしまい、遠回りしてしまうこともある けれど、そんなときにラジオは方位磁針のような役割をしてくれた 、という風にも取ることが出来ると思います。

 

 

「危なそうなワクワク」とは、何でしょうね。ラジオから流れてくる情報の中で、やってみたいな~いいな~と興味をもつのはいいも のの、それを遂行するには多くの危険や犠牲が伴うなにか、なので しょうか。

 

 

 

 

 

遠い国の音楽 多分空も飛べる 
ノイズをかき分けて 鼓膜に届かせて
同じこと思ってる 仲間を見つけたよ
何も知らないのに 全てがわかるんだ
決まりで与えられた マニュアルなら捨てて
また電源を入れるんだ
君がいたから僕は続いてるんだ

この部分は、少しラップ調?というか、少し雰囲気が変わっていま すよね。

言葉がただリズムにのって連ねられていく感じが、つぶさ にラジオへの想いを語っている感じをイメージさせます。

 

 

ラジオでは色んな国の音楽が聴けますから、旅行している感じとい うか、それこそ「空も飛べる」ような気分になりますよね。 この部分は、『空も飛べるはず』とかかっているのかなと思い、 少し面白いなと思いました。

 

 

「ノイズ~かせて」の部分が、非常に共感できますね。

ラジオって 、近場の放送局だとすぐに合うし、はっきり聞こえるんですけど、 隣の地域のラジオを聴こうとすると、すぐには合わないし、なんと か合ったとしても始終ザーザーいってますよね。

今の時代はラジコ とかオンラインラジオとか、遠くの地域のラジオ曲の番組も、イン ターネット上の綺麗な音源で聴くことが出来るから良いですけれど も、ちょっと昔はそれが難しかったものですからね・・・。

 


どうしても聴きたいからこそ、始終ノイズが止まない中、ノイズの 中にある番組の音を一生懸命耳を凝らして(?)拾い出して聴くよ うなことをします。この行為こそが、「ノイズをかき分けて」、 その中にある音を「鼓膜に届かせて」いるということなんですね。

 

 

「君がい~るんだ」のところで、パァーンと晴れるように爆発する ように、盛り上がるところが好きです。 ラジオがいてくれたからこそ、この主人公はどんなに卑屈になろう とも失敗しようとも、今までやってこれたという、ラジオへの感謝 の思いを表しているんですね。

 

 

 

 

 

新しくなっても 痛みを越えても
大人になっても 君を求めている

インターネットラジオが発達したり、リアルタイムで聴かなくても 好きなラジオ番組が聴けるようになったり、 機械が新しくなったりといった、ラジオをとりまく環境や、ラジオ そのものが「新しくなっても」。

そして、これまで夢を叶えるため に感じてきた「痛みを越えても」。

そして今までの辛い経験を乗り 越えて今、「大人になっても」

 

それでも、 ラジオをずっと自分の生活の一部としていたい、平たく言えば、『 ラジオ!永遠に君を愛している!』という求愛をしているわけです ね。

 

 

とりわけ「痛みを越えても」というところが好きです。「痛み」というのは、主人公にとっての辛い経験のことを指すと思うのですが 、それをラジオのおかげで乗り越えたとしても、ラジオを聴き続けたいということですよね。目的を達成した(「痛み」を克服した) からという理由で、ラジオを聴かなくなるのではないというところ が、凄く良いなと思います。

 

 

 

 

 

こんな雑草も花を咲かす 教えてくれたんだラジオ
したたかに胸熱く 空気揺らしてくれるラジオ

「雑草」には、草野(つまり、マサムネさん自身のこと)と、雑草魂でいうところの雑草とを含めた意味がこめられているような気が しました。王道ではないけれど、しぶとくやってきて、こんなにも 綺麗な「花を咲かす」ことができたよ、ということではないでしょ うか。

 


この部分は、このようにマサムネさん自身が成功したという事実を 表していると取ることも出来ますし、また、 これまで主人公は、ラジオが『コツコツめげずにやっていれば、 必ず夢は叶うよ。』ということを教えてくれたからこそ、これまで やってこれたという、いわば心の糧であった、というふうにも取る ことが出来ると思います。

 

 

・・・・・・

 

 

以上、『ラジオデイズ』の歌詞についての考察・解釈をご紹介しま した。

 


この曲のイントロが凄く好きです。
同じリフが繰り返し、追いかけるように流れてくるために、疾走感 を感じます。ラジオとともに、主人公がこれからも未来へ向かって 全力で走り抜けていくというイメージを彷彿させます。


また、Aメロでは詰まったような感じ、Bメロではつまりがとれて 、流れて広がる感じ、そしてサビでまた疾走感が出て来る、 という構成も良いですよね。

 


この曲の最大の特徴としては、間奏に実際のラジオ番組の音が入っ ているということです。この番組は、 マサムネさんのロック大陸漫遊記の音源です。

この曲が、ラジオ一色で染められていることがよく分かります。主人公はこれまでラジオ に支えられながら生きてきたわけですが、この主人公がマサムネさんだとすると、ラジオに支えられてきた1少年が、自身のラジオ番 組を持つまでになった、という壮大な成長物語になりますね!とても感動的な曲だと思います。

 


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最後に、私のラジオにまつわる個人的な思い出を語ってみたいと思 います。

 


やはり冒頭にも挙げたように、中学生の時に好きだったラジオ番組 に関することです。そのラジオ番組は、当時私が好きだったアーテ ィストがパーソナリティで、深夜に放送されていました。しかも、 その番組は私の住んでいる地域からは少し離れた地域のラジオ局の もので、自宅から聴こうとすると、相当な苦労を要するものでした。

 

それでも、どうしても聴きたくて、自宅の最上階で、立って、イヤホンのコードを精一杯伸ばしながら聴こうとしていたのをよく覚 えています。そして、一瞬きこえたのはいいものの、すぐにきこえなくなってしまうために、割とすぐに聴くのを諦めていました。 また、仁王立ちで、ラジオ番組を聴きづけるのは大変だったので、 その日は安定して番組が聞こえていたとしても、疲れてやはり諦め てしまうということも多々ありました。

 

中学生の頃は、 このような『ラジオデイズ』でした。
 

 

 

ともかく、この曲はとてもいいですね。マサムネさんのラジオに対する強い想いを感じられるだけでなく、聴き手もそれぞれ自身とラジオにまつわる思い出に浸ることのできる曲だなと思いました。